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新庄剛志
新庄 剛志(しんじょう つよし、1972年1月28日 - )は、平成期(1990年代前半~2000年代前半)のプロ野球選手。福岡県福岡市出身(生まれは長崎県対馬市)、血液型A型。右投げ右打ち。現役時代の主な守備位置は外野手(中堅手)。2004年から北海道日本ハムファイターズに所属し、同時に登録名を「SHINJO」と改め、2006年に引退した。現在の愛称は「プリンス」、チームメイトからは「つーさん」と呼ばれる。妻は横浜市出身で1992年クラリオンガールだった新庄志保。
来歴・人物
一般的な野球選手のイメージとはかけ離れた不思議な雰囲気と、独特な派手さをもったキャラクターの濃さで有名。野球選手としては強肩と俊足を生かした球界屈指の守備力は脅威的だが、打撃についてはここ一番での勝負強さがあるものの「○打席ヒット無し」と調子の良し悪しも非常に大きく、打率は2割台中盤が定位置で(本人も、怪我を繰り返した2005年シーズンに自嘲なのか「自分はどこに行っても2割5分の打者」と言った)、首位打者や本塁打王などの個人タイトルを獲得した事も一度も無い。かつての指揮官野村克也には「打撃以外は一流」と評された。だがトータルで見ると、球界屈指の強肩・守備力に、俊足、意外性のある打撃など、一流に近いものがあった。その意味では成績で目立つ選手ではなく、むしろセールスポイントの守備やセンターからのダイレクト送球など「記録はイチローくんにまかせて、記憶はボク(新庄)にまかせて」と自身で語るように『記憶に残る』タイプの選手。そのためか「魅せる野球」にこだわりを持ち、独自に考案したファンサービスも積極的に行うなど野球界に対する貢献度は計り知れない。反面、張本勲など保守派の関係者には受けが悪い。独特の発言や行動で派手な雰囲気を振りまく一方で、周囲に対する気遣いも人一倍強く、パフォーマンスを行う際には、必ず事前に相手チームや監督・コーチ・先輩選手などに了解を得るなど周到な根回しを行っていた。チームメイトからは『新庄ほど気配りをする選手はいない』と言われるほどで、その人柄のよさも人気を支える一因であろう。オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲームのファン投票でも常に上位に入り(ほぼ毎回1位)、出場回数も多い。2006年4月18日、同年限りでの引退を表明。本人によると自慢の守備で衰えを感じるようになり、体力限界が原因であると述べている。フロントはおろか、トレイ・ヒルマン監督や同僚の選手も寝耳に水であったらしく、日本ハム本社は「どんな手を使っても残留させる」と発言。しかし、新庄の意思は固く日本ハム本社・球団は同年9月1日に慰留を断念した。引退発表からシーズン後半にかけてマスコミの注目度は日に日に増し、新庄のパフォーマンスは「新庄劇場」と形容されて報道された。非常に甘党であり、市販のデザートにはヨーグルト等に付いている砂糖を入れて食べると言う。また、引退後の初仕事は「SMAP×SMAP」(フジテレビジョン|フジテレビ系)のゲスト出演で、同番組にはMLB時代の2001年12月24日以来、これまで3回ゲスト出演。これがきっかけとなりSMAPとも懇意にして、木村拓哉ともプライベートで食事をする仲になる。
なお、4回目となる今回の出演は、収録は2006年11月15日に東京都内で行われ、11月20日に放送された。
略歴
*身長・体重:181cm 76kg
*投打:右投右打
*出身地:福岡県福岡市南区 (福岡市)|南区
*血液型:A型
*球歴・入団経緯:西日本短期大学附属高等学校|西短附高 - 阪神タイガース(1990年 - 2000年) - ニューヨーク・メッツ(2001年) - サンフランシスコ・ジャイアンツ(2002年) - ニューヨーク・メッツ(2003年) - 北海道日本ハムファイターズ(2004年 - 2006年)
*FA取得・行使:2000年(1回目・行使移籍)
*プロ入り年度・ドラフト順位:1989年(5位)
*英語表記:SHINJYO(1990年 - 2000年)→SHINJO(2001年 - 2006年)
*守備位置:外野、(二塁)、(三塁)、(遊撃)